3月11日
この日が来るまで、みんな当たり前の日常を過ごしていた
地震が起こった直後も
ひどい揺れが続いて、尋常じゃないことは理解していたけど
こんな大事になるとはすぐに想像が出来なかった
まず、当日は、都心から帰宅する会社員たちの帰宅困難が発生したこと
いざというときの体験型の行事として、都心から郊外に歩いてみる帰宅困難者ウォークなどが
実施されたりしていたけど
それはあくまでも、避難訓練みたいな感覚で
まさかそれが本当になる日が、この日に来るとは
誰も思っていなかったし
東北の被害があんなことになるとは思わなかったし
交通機関が麻痺しているということで、帰りの道路の渋滞は
ハンパじゃなかった10m進むのに15分はかかった場所もあったので
あきらめて途中でお店に入り込み夕飯を食べて時間を稼いだ
それでもまだ実感がなかった
ただ、余震に不安に思いながらも、寝ただけだった
帰宅したら、ガスがつかないからお風呂の入れないよと母が言った
都市ガスに切り替えてから、初の大地震
プロパンのままだったら・・・とちょっと後悔したものの
電気も水道も使えるし、ちょっと待てよと気づく
ネットでガスの情報をチェックしたら、トップページで復旧の方法が
表示されていた
外のマイコンで制御されているので、リセットの必要があることがわかった
あっさりライフライン復旧
だけど、母がもし一人暮らしだったら、いつもまでも復旧方法などを
わからずに過ごしていたんだろうなあと思ったら、高齢者だけの家庭が
心配にもなった
というわけで、地震発生の当日はこのガスのこと以外は我が家には
たいした影響はなかったのだ